振り返りの意味がわからないなんて

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リフレクション(振り返り、省察)は、大人の学びの王道といってもいいくらいの手法なのですが、ピンとこない学生も多いみたいで、あたり前の違いを感じました。

成人教育の中で、

振り返り、

というのは大きなテーマで、まぁ、学びを深める際にはとにかく振り返りといってもいいくらいです(汗)

でも、はぁ?振り返りですか?
って、僕も最初は思いました。

そんなの小学生でもやるわ、と。

振り返りとかじゃなくて、もっとすごい教育理論や学習理論はないんですかね、なんて思っていました。

振り返りなんて、誰でもするし、そんな簡単なことで成長するくらいなら、みんな成長するではないかと感じたものです。

あれから教育や学習について深めてみて、今では、振り返りの奥深さを知り、振り返りが重要なのは大前提で、それをどの次元でできるか、させられるかだな、なんて思う今日この頃です。

ただ、病院実習に行った学生に、よかったことや、改善点、気づいたこと、今後取り組んでいきたいことなど、各自が振り返り、それを仲間に共有することをしているのですが、

「やる意味がわからない」
「やることがわからない」
「そんなことより、実習をした方がいい」

という意見があることに新鮮さを感じました。

そうかぁ、やる意味がわからないのかぁ、と。
成人教育を学び始めた頃の、若かりし自分もまたそうだったかな、と。

自分が何に気づいたのか、
何を見たのか、
何ができたのか、
何ができなかったのか、
今後何に取り組んでいくのか、
何がわからなかったのか、
何を学んだのか、
自分について新たな発見があったか、
その組織や職場でどんな文化があったか、
どんな働き方や治療をしていたか、

いくらでも振り返る観点はあり、それを問うて、言語化することが気づきを促します。

自分のこと、仕事のこと、仲間のこと、組織や文化のこと、どれだけ深く知ったり、学んだりできるかは、振り返って深く考えてみた次元によります。
さらには、あたり前や前提となっている価値観や考え方も浮き彫りにできると大きいですね。

自分のあたり前や組織のあたり前は、そこをあえて振り返って考えてみないと、スルーしてしまうことが多いです。
暗黙のことなので。
さらには、その振り返りを仲間と共有することで、気づきを共有できますし、視点を増やすことができますし、視野も広がります。
仲間のことを知ることもできるし、観点や着眼点の違いも知ることができるし、考え方や深め方の違いも学べます。

自分や仲間の認識枠組みや暗黙的に前提になっていることに気づきを促すことが、振り返りによってできるわけですね。

経験したことや気づいたことを共有して、知識を増やすだけではなく、考え方や深め方まで学ぶことができるのですが、それに気づけないというか、やる意味がわからないというのは新鮮です。

自己を理解する学び、学び方を学ぶのがどういうことか、つかみきれていないのだなぁ、と感じました。

何も本やインターネットから知識を得たり、自分で直接経験をしたり、観察するだけではなく、振り返りをすることで学べることはたくさんあるのですが、そういう学び方を学ぶ機会は案外ないのかもしれませんね。

日記を書いたり、
ブログを書いたり、
実践報告をまとめたり、
仲間と仕事の振り返りをしたり、
その日の目標や月間目標に対する結果を振り返ったり、
やっている人とやっていない人の差は意外と広がっていくものです。

なんら魔法の方法ではないあたり前のことなのですが、日々の振り返りの量と質が、大きな差になって数年後に現れてくるのですね。

<まとめ>
■成人教育の中心的な概念に、リフレクション(振り返り、省察)が位置付けられるといっても過言ではない。大人の学びを促す上で、外せない考え方である。
■振り返りをすることで、気づきが生まれる。あたり前だと思っていること、自分のこと、経験を問い直すことができ、認識枠組みを変えたり、行動を変容したりできる。
■振り返りは魔法の方法ではく、あたり前のことだが、この積み重ねの量と質が、数年後には大きな差となって現れる。

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