自分の頭で考えているからダメなのだ

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「立っている者は親でも使え」

ということが、実家ではよく言われていて、子どもの頃、家事を手伝わされた記憶があります。

「ちょっと、これ手伝って」
「ちょっとこれ取ってきて」

なんて言われて、なんで俺が・・・ってブツブツ言っていると、

「立っている者は親でも使え、って言うでしょ。いま、ちょうどいいところに立っているでしょ」
と。

子どもに向かって親が「立っている者は親でも使え」と言うのだから、なんだかおかしいなぁ、と思って、そんな言葉ないだろとずっと思っていたのですが、調べてみると諺にちゃんとあるのですね。

まぁ、急ぐ場合には、誰でもよいからそばにいる者に用を頼むのがよいという本来の意味からすると、使い方は適切ではなかったわけですが。

ありとあらゆるものを使って結果を出す。
持てるものはすべて総動員する。
出し惜しみしない。

そういう働き方ができる人というのは、意外と少ないのかもしれません。
どこかしらで、自分の制限をかけてしまうのが多くの人なのかもしれませんね。

自分の頭で考える、というのは大切なことです。

ですが、

他人の頭を使って考える、

という次元もあります。

自分の頭で考えていない人は、自分の頭で考えることをしないと、積み重なっていきません。

しかし、自分の頭で考えることができる人は、他人の頭を使って考える、ということも活用しないと枠が広がりません。

これは積み重ねの順番です。

他人の頭で考える、をはきちがえて、自分の頭で考えることができない段階で他人に聞いてばかりいるのは、あんまりいい結果になりません。

しかし、

ちょっと学んだことのある人の中には、自分の頭で考えなければならないと思い込んでいる人が多いのも事実です。

全部自分でやらないといけない、
全部自分で考えないといけない、
他人を頼ってはいけない。

「種村さんの話はありがたいけど、自分で考えないといけないので、今聞いたことではないことを自分で考えてやります」

と言われることもあります。

それでいい仕事になっていたり、誰かが喜ぶ仕事になっていればいいのですが、頑ななケースではそういう仕事になっていないのが見えて残念だあなぁ、と感じます。

どんな価値提供をするか、どんな社会をつくるか、そこに焦点が当たっておらず、自分のことや自分の成果に焦点があたっている人に多い傾向で、その仕事をなんのためにやっているのかというと、自己満足や自己の成長のためにやっているというケースが不思議とあるのですね。

そういう人とは仕事を一緒にできないんですよね。

世の中を変えていくとか、いい仕事をするとか、そういう人って、使えるものはすべて使っているなぁ、と思いますし、ありとあらゆるものを、理想の実現のために使っています。

人を巻き込み、自分よりも優れた頭で考えてもらう方法をつかんでおり、結果や実現させたいことに焦点があたっている。

以前は僕の周りには、自分の頭で考えずに人を頼ってばかりの人がいましたが、最近はそういう人は少なく、逆に自分の頭で考えられるようになったのだけど、他人の頭で考えることができていない、という人が増えてきた印象です。

1つのコンピューターで処理できることには限界がありますが、複数のコンピューターをつないで処理すると膨大な計算もできるようになります。

そういう頭の使い方というか、
他人の頭を使う方法をもっと磨いてもいいのだろうなぁ、と。

持てるものをすべて使っているだろうか?

<まとめ>

■仕事において、持てるものすべてを使っているもの、ありとあらゆるものを使っている人は、意外と少ない。
自分の範囲内、自分の頭の範囲内でブレーキをかけていることがある。

■自分でやらなければならない、自分で考えなければならない、というのももったいない結果につながる。
それは結果というよりは、自分に焦点があたってしまっているためである。

■どうやったら人を巻き込めるか、どうやったら人に考えてもらえるか、それを自分の頭で考えるというステップもあり、何かをつくり出すというケースにおいては、自分の結果や成果とか関係ない。

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