人とともに生きるための教育

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個人の時代から、コミュニティの時代へ。

それは、
西洋が前提としてきた自己という概念を崩す試みがいくつもされているからでもあります。

マズローは晩年に、自己実現の上に自己超越を位置付けました。

國分功一郎は、中動態の世界に着目して、能動態でも受動態でもないものの見方を紹介しています。

これも、自己という前提では見えてこない世界を見せてくれます。

ケン・ウィルバーは、無境界として、自分と外の世界の境界がない状態について述べています。

ティール組織も、個人の自己実現や成功の限界を乗り越える形で、新しい組織のパラダイムを形成しています。

昨日は、関西大学で社会教育と生涯学習を対比する形で講義をしました。

生涯学習が、自己の成長や学習、学習ニーズに焦点をあてるのに対して、社会教育は、kコミュニティや人とともに生きることに焦点をあてます。

地域のしがらみや地域に生きることは、遠ざけられてきましたが、改めて現代社会で、人とともに生きるということや共同体的な学びに注目が集まって良いのではないかと感じます。

少しずつ、自己実現から自己超越や共同体へと意識が変わってきているようにも思います。
シェアリングエコノミーの登場も、おすそ分けや仲間とのつながりと共通の土壌を持つものです。

そうやって少しずつ、自己超越や無境界の世界での生き方を模索していってます。

最近関心があるのは、この自己超越の教育論や、無境界の教育論であり、トランスパーソナルな教育論ですね。

<まとめ>

■西洋社会は自己というものを前提にしてきた。
教育も発達も、自己を前提に考えられている部分がある。

■自己実現や個人の成功は、1つの思想であるが、東洋思想には、自己超越や自分を超えたもののために生きるという思想がある。

■西洋的な自己という思考のとらわれを崩し、人とともに生きることや自然とともに生きることを考える教育哲学もまた生まれてきている。

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