愛の習練とは? 〜エーリッヒ・フロム『愛するということ 新訳版』〜

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フロムの愛の理論シリーズ、
いよいよ最終回です。

愛は技術であり、学ぶことができる。

では、どうやって学んだり、練習をしたりするのでしょうか?

フロムの愛の習練をみていきましょう。

愛の習練に限らず、他の習練と共通する要素として、

規律、集中、忍耐、最高の関心を抱くことを挙げています。

”集中できるということは、
一人きりでいられるということであり、
一人でいられるようになることは、
愛することができるようになるための一つの必須条件である。”(p.167)

"集中力を身につけるためには、
くだらない会話、つまり純粋な会話ではない会話をできるだけ避けることが大事だ。"(p.168)

”集中するとは、いまここで、全身で現在を生きることである。

いま何かをやっているあいだは、次にやることは考えない。

いうまでもなく、いちばん集中力を身につけなければならないのは、
愛しあっている者たちだ。

ふつう、二人はさまざまな方法でたがいから逃げようとするが、
そうではなく、
しっかりとそばにいることを学ばなければならない。

集中力を身につけるための習練は、
最初のうちはひじょうにむずかしい。
目的を達成できないのないかという気分になる。

したがって、いうまでもないことだが、
忍耐力が必要となる。”(pp.170-171)

”人を愛するためには、
ある程度ナルシシズムから抜け出ていることが必要であるから、
謙虚さと客観性と理性を育てなければいけない。

自分の生活全体をこの目的に捧げなければならない。”(p.179)

”愛の技術の習練には、「信じる」ことの習練が必要なのである。”(p.180)

”自分自身を「信じている」者だけが、他人にたいして誠実になれる。
なぜなら、自分に信念をもっている者だけが、
「自分は将来も現在と同じだろう、
したがって自分が予想しているとおりに感じ、行動するだろう」という確信をもてるからだ。”(p.183)

”愛に関していえば、重要なのは自分自身の愛にたいする信念である。

つまり、自分の愛は信頼に値するものであり、
他人のなかに愛を生むことができる、と「信じる」ことである。”(p.184)

”愛の習練にあたって欠かすことのできない姿勢が一つある。

(中略)

それは実際に人を愛することの基盤だからら。
何かというと、それは能動性である。”(p.190)

”じつは、退屈したり退屈させたりしないことは、
人を愛するための大きな条件の一つなのである。

思考においても感情においても能動的になり、
一日中目と耳を駆使すること、
そして、
なんでも受け取ってはためこむとか、
たんに時間を浪費するといった、
内的な怠慢を避けること、
これは愛の技術の習練にとって欠かせない条件の一つである。”(p.191)



抽象的で、つかみづらいですね。

まとめると次のようになります。

まずは1人でいられるようになること。
それは、テレビも見ず、酒も飲まず、スマホも手放し、ただ何もせずにじっとしていられることです。
集中力を身につけることにつながり、愛の基盤にもなります。
誰かや何かに依存するのが愛ではないのですから。

瞑想も効果的でしょう。

そして、
集中力を発揮すること。
いまやっていることに精神を集中させられるようになること。
くだらない会話は避け、いまここを全身で生きるということになります。

自分の体にたいしてセンシティブになり、感受性を磨くことでもあります。

ここまでが基本で、
この状態になるまでに、規律、集中、忍耐、最高の関心が求められるということですね。

そして、
それからナルシシズムの克服です。

謙虚さと客観性と理性を育てて、世界をしっかり見るようにします。

客観的に世界を見ながら、
自分自身を信じることも求められます。
自己愛ですね。
そして、自分を信じるのとあわせて、人を信じるようにすること。

信じることから信念が生まれてきます。
信念にしたがって生き、生産的に生きること。
勇気ある行動をとって、人に与えること。
能動的に生きること。

退屈したり、退屈させたりしないように、
常に五感を働かせて世界を感じ、能動的に世界にはたらきかけていくこと。

この一連の流れが、愛の習練ということになってきます。


一朝一夕で身につくものではなく、
姿勢を持ち続けることで、態度ができていくということでしょう。

これだけの人格の発達を求めるものでもあるということであり、
結局、自分自身を磨くということでもあります。


フロムは、資本主義社会が愛を破壊してきたことを分析し、
今日の社会では愛の実践が困難であることを説いています。

刺激や消費に満ちた現在、
インターネットなどバーチャルな情報も増え、
五感を活用したり、
自分一人で何もせずにいるというのはどんどん困難になっていると思います。

上の空で会話に対応したり、
急かされたり、
スマホを手放せなかったり、
批判したり、ネットで叩いたり、
自己中心的になったり。

規律、集中、忍耐、最高の関心、
信じること、謙虚であること、会話に向き合うこと、
全身で今を生きること、五感で感じること、
理性をはたらかせること、
尊敬すること、配慮すること、責任をとること、知ろうとすること。

孤立し、孤独で、不安はますます増していきます。
不信も満ちていきます。

そのぽっかり空いた穴を、
愛されたいという感情で埋めたくなるものです。

しかし、逆なのでしょう。

まずは1人でいられることについて習練しないといけないというのが、
フロムの指摘でした。

現代社会でますます難しくなっているからこそ、
考えさせられる要素も多いように思います。


<まとめ>

■愛は技術である。それを身につけるには、習練が必要である。
そのためには、規律、集中、忍耐、最高の関心を抱くことが求められる。
まずは一人でいられる状態をつくることである。

■ナルシシズムを克服する必要もある。
客観的に世界を見て、そして自分を信じ、相手を信じること。
五感をフルに活用して、今を全身で生きること。
退屈せず、退屈させず、能動的で生産的であること。

■資本主義社会の中では、愛の実践は困難になっていく。
消費され、刺激に満ちていて、情報に左右されたり、分断されたりしていく。
自分の孤独や不安を愛されたいという感情で満たしたくなるところだが、
そこはまず、一人でいられる状態をつくるということなのだろう。

コメント

  • 大好きな本です。

    「愛するということ」を初めて読んだのは25歳の時でした。それからは私のバイブルのようになり、何度も読み返し、いまの本は3代目です。母親になった今、また読み返そうと思います。

    種村さんの解説がとてもわかりやすく、参考になりました。


  • Re: 大好きな本です。

    >>細野さん
    コメントありがとうございます。
    バイブルのように大切にされていらっしゃるのですね。たしかに何度読んでも気づきがある名著ですね。

    僕も大学生の頃に読みましたが、親になった今、新たな気づきがたくさんありました。



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