『幸福とは何か -ソクラテスからアラン、ラッセルまで』
幸福とは何か。
哲学者による幸福論として、ソクラテス、アリストテレス、ヒューム、アダム・スミス、メーテルリンク、アラン、ラッセルなどを踏まえつつ、現代社会の幸福を顧みます。
興味深いのは、
幸福がゆったりとした穏やかな心境を基調にしている、
という点です。
誰もが、日常生活を通して、人生を通して、実感として迫れるもの。
それは特別な誰かの幸福でもなく、努力をしなければ手に入れられないような類のものではなく、私の、私たちの社会にある、さりげないものだとして認識されるものである、ということ。
well-beingに接続されていくものなのだけれど、
幸福論が基盤にしている、この静けさ、穏やかさ、慎ましさは、
現代社会とwell-beingとはまた違った分野を照らしているような気もします。
進歩、競争、成長、勝ち負けの先にある幸福ではなく、
自己啓発が示す幸福でもなく、
もっと静かで穏やかなもの。
この時代の喧騒の中で、
それは確かに危機にあるのかもしれないと思いました。
"幸福が穏やかさ、安らかさ、ゆるやかさを基調とすることはわたしたちがくりかえし確認してきたところだ。
進歩主義につきまとう効率・迅速を尊ぶ心性や、
効率と迅速を求めるがゆえの、競争、緊張、苦労、忍耐は、
幸福の基調たる平穏さとうまく折り合うものではなく、
むしろ平穏さを乱し、安らかさを壊す可能性の大きい心の動きだからだ。
実際、個人が、あるいは集団が、効率のよさをめざし、競争に勝つべく必死に努力と忍耐を重ねているとき、
当の個人ないし集団が穏やかでゆるやかな幸福の境地にあるとは思えないし、努力と忍耐のそのむこうに幸福が遠望されているとしても、努力と忍耐が度を越せば、望まれる幸福もゆるやかな平穏さにそぐわぬ熱を帯びてしまう。
熱を帯びた幸福や幸福への願いは、幸福の本性にそぐわない。"
(pp.262-263)