インテグラル理論と影(shadow)へのまなざし

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(Photo by rawpixel.com on Pixabay)

この2~3年くらい、ケン・ウィルバーのインテグラル理論を探究しているのですが、

ケン・ウィルバー、テリー・バッテン、アダム・レナード、マーコ・モレリ
『INTEGRAL LIFE PRACTICE 私たちの可能性を最大限に引き出す自己成長のメタ・モデル』
日本能率協会マネジメントセンター、2020年

は、実践内容や方法をわかりやすく書いていて興味深いです。

今度、Mastermind Philosophyのグループ内で、読書会や実践会をやろうと思っています。

人間の全人格的発達を、
体(body)×心(mind)×精神性(spirit)×影(shadow)
の観点から捉えています。

4つを統合していく際に、特に最近興味深く探究しているのが、影(shadow)の部分です。

自分自身が無意識のうちに

抑圧していること、
見ないようにしていること、
避けていること、
逃げてきたこと、
弱みやコンプレックス、

などを自分自身の一部として回復してあげると、人間として豊かになるのではないかと思います。

名作ともいえる、アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記 影との戦い』でも、主人公が生み出してしまった影との戦いが、印象的に描かれていますが、まさに、自分自身の影との向き合い方は、これからの時代や社会において大事な要素だと考えます。

深めてみると不思議なことに、知らず知らずのうちに、自分の思考や行動が、影(shadow)の影響を受けていることがわかります。
そして、この影となっている部分は、他人に触れられたくもないし、自分で見にいくのがとても厄介な領域です。

先日、病院に行ったら、自分の思い通りにことが運ばなくて、イライラしている先生がいました。思った通りに人が動いてくれない、なんでそれを今やるんだ、と怒鳴ったりしていました。

僕も診察が終わったタイミングで、1点伺いたいのですが、と話を持ち出したら、
「なんでそれを先に言わないの。必要なことは先に言ってよ」
とイライラされました。

いや、先生が忙しそうにしていたし、なんかイライラしていそうだったから話しにくかったんだけどな、と思いつつも、「はい、すみません」と謝りつつ、必要なことを確認して病院を出ました。

んー、言い出しにくい雰囲気だったけど、先に言っておけばよかったか、なんて思いながら。

でも、病院を後にしてから、自分が怒っていることに気づきました。
先に言わなかった自分が悪い、機嫌を損ねてしまった自分が悪い、と感じていたのですが、納得いかない感じがあり、そこには静かに憤りがありました。

自分の尊厳をふみにじられた、
何もそんな言い方をしなくてもいいじゃないか、
先生が話を聴く雰囲気をつくらずに忙しくしていたから言えなかった、
などです。
先生に対して怒ってはいけない、という抑圧も無意識のうちにはたらいていたようでした。

自分の中に、感情的に妙なしこりができているのに気づいたのです。

どうして自分は怒りを表明しなかったのだろう。
いや、そもそも怒りという感じを抱くことを拒否したのだろう。
それでもなぜここまで、感情を揺さぶられ、嫌な感じがするのだろう。

感情的なしこりが生じる時、怒りが生じる時、そこは影(shadow)の観点から、自分を逆に深めてみるポイントだったりします。

そこにあるものを探究してみると、どうも自分はコントロールしたがる人が嫌いなんだな、と感じました。

自分の言うことを聞かせたがる人、
自分の思い通りにことを進めたがる人、
相手を支配しようとする人、
自由が侵害されるのを自分は極度に嫌います。

自分は自由というものを大事にしています。

同時にそれは、影(shadow)の観点からは、自分は本当は相手をコントロールしたい、という欲望があるのかもしれない、ということを示唆します。

自分の言うことをきいてほしい、
自分の思った通りに動いてほしい、
自分が思った通りの人を育てたい、

という欲望や欲求を過度に抑圧している可能性があります。

自分の中に少なからずあるそういう要素から目を背けて、他者に投影するために、あの人は嫌いだ、自分は絶対にああはなるまい、となっている可能性がありますね。

相手をコントロールするなんていけないことだ、
相手を自分の思った通りに動かしたり指示するなんてよくないことだ、
という思いが、自分の目を背けさせ、無意識のうちに自由だけを賛美する傾向につながっているかもしれません。

実はこの影(shadow)は、教育という営みやリーダーシップの発揮に際して、自分にとってブレーキとなることがこれまでありました。

無意識の領域なのですが、
自然と人の上にたってはいけない、
教え込みや指示はよくない、
という価値観からブレーキが生じます。

一方で、
無意識のうちに、コントロールしたい、人の上に立ってリーダーシップを発揮したい、という抑圧された願望からの行動も生じます。

不思議なものなのですが、本来そうは望んでいないはずなのに、無意識の影(shadow)の影響を受けた、行動を表出するこがあることに思い至りました。

人をコントロールしたいという願望がある、
人をコントロールしてもいい、
いったんこれらのことを受け入れた上で、人間性を回復していくプロセスを最近感じました。

見たくないもの、
避けているもの、

それに気づいて回復させるプロセスの例は、3-2-1シャドー・プロセスとして、『INTEGRAL LIFE PRACTICE』の中でも紹介されていますが、とても興味深いです。

光あるところ、影(shadow)ありで、対処の仕方をつかめていることは、大きな問題を引き起こさないためにも重要ですね。


<まとめ>
■インテグラル・ライフ・プラクティスの観点からは、体(body)、心(mind)、精神性(spirit)、影(shadow)の観点を含めた全人格的発達を考えている。
■特徴的で興味深いのは、影(shadow)の統合の部分だろう。
無意識に抑圧されている部分なので、気づきにくい要素がたくさんある。
■怒り、嫌悪、憎しみ、羨望、心がざわつくとき、自分の中の影(shadow)をつかむ機会かもしれない。見たくない自分をみる機会かもしれない。

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