飯田朔『「おりる」思想』から読み解く生きづらさ

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この社会に漂う閉塞感。
若者ならず、大人も感じるであろう生きづらさ。

本書が提示するのは、
「おりる」思想
です。

そして、それはまた、
この社会がいかに「おりられない」か、
を示してもいます。

生涯学習の研究者として、
危機感を抱くのは、
「生き残る」ことが叫ばれ、
生き残るための手段や道具として生涯学習が扱われていくことです。

〇〇しなければ生き残れない。
〇〇せずにうまくいかないのは自己責任。
社会の変化についていくには、学ばなければならない。
学ばなければ、社会から取り残される。

そのようなマッチョな言説が多く見られます。

それはたしかにと思う面もありますが、
どうしてそういう社会になってしまっているのか、
ほんとうは、そこを問い直す必要もあります。

ほんとうに、そうでなければ生き残れない社会を私たちは望んでいるのか。
生き残れなかったら、その人のせいなのか。

さて、それはまた社会を問う方にいく大事なテーマですが、
本書のテーマは、その「生き残る」「生き残れない」という物語を外れて生き直そうということにあります。

そんなに競争に巻き込まれなくても、
自分が大切にしたいことを大切にして生きていくことができるんじゃないか、です。

現代社会を覆う空気は、
成果を上げること、効率化を高めること、結果を出すこと、成長すること、勝つこと、
これらを私たちに強要してくるものがあります。

それゆえ、この物語からおりることは、
どこか負けたような感じ、逃げたような感じ、後ろめたさ、
などを感じさせる力もあります。

逃げではなく、
負けでもなく、
俗世間をはなれて出家するのでもなく、
自分の道を取り戻す。

そしてそれは、
夢を追いかける、
やりたいことをやる、
という生き方とも異なる道で提示されます。

「夢」や「やりたいこと」などの、
キラキラしたことを追い求めるあり方というのは、
結局、成長や成功の物語に絡め取られていきやすいことに、
著者は注目しています。

そうではなく、
自分が苦痛になるようなことはしない、
という方向で生き直すというバランス感覚が提示されます。

これで満足するのだろうか?
物足りないと感じないだろうか?

そんな不安を感じるかもしれませんが、
その不安こそ、この社会の成長や成功というストーリーが生み出す幻想なのかもしれません。



「おりる」ということで表現されていますが、
それは、日々の暮らしや生活を大切にしよう、
というメッセージでもあるように、
自分は受け取りました。

朝、目を覚ます。
ごはんを食べる。
誰かと話す。
散歩する。
そうじをする。
花に水をやる。
子どもと話す。

これらは、なんてことない、
たわいない日常であり、生活であり、暮らしです。

しかし、
だからどうしたというものでもあり、
いわゆる社会的成功、自己実現、競争、においては、
軽視されてきたものでもあります。

そんな優雅なことができるのは、
社会的に成功した一握りの人だけなのでしょうか。

これは、
ミヒャエル・エンデの『モモ』でも扱われたテーマでもあります。

私たちは大切なものを見失っているのではないか。

本書では、「おりる」と表現されるその思想には、
現代社会の息苦しさから人間らしい生活をどう取り戻して生きるかというヒントが垣間見えます。

"「おりる」とは、社会が提示してくるレールや人生のモデルから身をおろし、自分なりのペースや嗜好を大事にして生きる、という考え方だ。(p.24)"

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