愛を学ぼうとしない私たち 〜エーリッヒ・フロム『愛するということ 新訳版』〜

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子どもが生まれて、

僕としても、生活実感の中から、愛について感じたり考えたりすることも増えましたが、

久しぶりに愛について哲学しましょうか。


以前にメルマガ『種村式通信』の中でも、

愛について、エーリッヒ・フロムを紹介したことがありましたが、

昨日の志を語る会の復習の意味も込めて、お届けします。

愛は技術である、とフロムは言います。

愛は技術であり、愛について学ばなければならない、と。

しかし、おとなの学びの中でも、

愛についての学びは非常に主要なテーマでありながら、

随分と周辺に遠ざけられている印象があります。

愛について学ぶよりも、

資本主義社会における成功や仕事について学んだ方が価値あることだ、
と受け取られやすいですね。

そもそも愛について語るなんて胡散臭い、スピリチュアル的だ、中身がない、
と受け取られやすいのですね。

やってみるとわかりますが、

資本主義社会の現在において、

愛について語るのはとても困難な状況です。

恋愛話はいいとして、

本当の意味での愛の話を語れるかというと、

語れる人は多くありません。

僕も含めてですが、

私たちは、愛について知らなさすぎるか、考えてなさすぎるのかもしれません。



なぜ愛について語るのが困難であり、

愛について学ばないのかについて、

フロムが1950年代から語っていることは、古くてなお新しい問題です。

エーリッヒ・フロム『愛するということ 新訳版』(鈴木晶 訳) 紀伊國屋書店 1991年
を参考にしながら、愛というものについて考えていきましょう。

”愛について学ばなければならないことがあるのだと考えている人はほとんどいない”(p.12)

”たいていの人は愛の問題を、
愛するという問題、
愛する能力の問題としてではなく、
愛されるという問題として捉えている。

つまり、人びとにとって重要なのは、
どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか、
ということなのだ。

この目的を達成するために、人びとはいくつかの方法を用いる。
おもに男性が用いる方法は、
社会的に成功し、自分の地位で許されるかぎりの富と権力を手中に収めることである。

いっぽう、主として女性が用いる手は、
外見を磨いて自分を魅力的にすることである。”(pp.12-13)

”愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、
という思いこみである。

愛することは簡単だが、
愛するにふさわしい相手、
あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしい
-人びとはそんなふうに考えている。”(p.13)

”恋に「落ちる」という最初の体験と、
愛している、
あるいはもっとうまく表現すれば、愛の中に「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。”(p.16)


愛について学ばない(学ぶことはできないと思う)状態につながる前提について、
フロムの指摘は明確です。

1.愛することではなく、愛されることを問題にしてしまう。

2.相手探し、出会いの問題にしてしまう。

3.「恋に落ちる」ような状態と愛を混同してしまう。

これらは愛の本質から考えると、
ずれているのですね。

その上で、愛は技術だと、フロムは言います。

それは、

愛される技術というよりも、

愛する技術です。

愛することによって愛されることにつながってもいくのですが、

愛されるノウハウではないことを理解していないといけませんね。


自分を魅力的にしたり、

社会的に成功しようとしたり、

外見を磨こうとしたり、

気のきいた会話をしようとしたり、

好感を持たれるような態度を身につけたり、

それらが、いかに本質から外れているかについて、

わかっていないといけないのですね。


このあたりがわかっていないと、

お見合いをしようが、合コンをしようが、出会いを求めようが、

なかなかうまくいかないかもしれません。


愛は技術であり、学ぶことができ、上達させることができる。

しかし、

愛の技術(愛する技術)について学ぶ場や教えられる人というのは、

多くはないかもしれません。


「どうやったら人を愛することができるようになるのでしょうか?」

と聞かれたら、

どのように答えることができるでしょうか。



どうやって学ぶのか、

どうやって技術を上達させるのか、

その具体的な方法の前に、フロムは愛についてもっと深めて考えているので、

次回に続けます。

<まとめ>

■愛とは技術である。
愛を学ぶことはできる。
しかし、愛について学ばなければならないことがあると考えている人は少ない。

■愛に関する問題について、
愛されることに焦点を当てたり、出会いの問題にしたり、恋に落ちる感覚と混同してはいけない。

■愛されることについてではなく、
愛するということについて、向き合わなければならない。

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