夢をおいかけたときのマインドの変化 -博士号取得の道とは-

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博士号の取り方について、
E・M・フィリップス、D・S・ピューの
『博士号の取り方 第6版 学生と指導教員のための実践ハンドブック』
から学べる点はとても多いです。

その中で、特に印象に残ったのは、博士号を取得するメンタリティーやマインドの部分です。
博士課程を歩んでいくと、そのメンタルやマインドがどう変化していくかが書かれています。

最初は、夢や希望にあふれている段階です。

博士になりたい!
オリジナルな研究成果を出したい!
自分は大きな仕事をしたい!

そして、それと同時に、

果たして自分にできるだろうか、
博士号がとれたらいいなぁ、
博士号をとりたいなぁ、

というような漠然とした期待と不安があります。

進学するタイミングというのは、そういうものですよね。

これは、お金持ちになりたい!という夢に似ています。

ほしい、
なりたい、
できたらいいなぁ、
やりたいなぁ、

という漠然とした期待とマインドですね。

ところが、博士の道を歩んでいくと、途中で険しい道につきあたります。

調べれば調べるほど膨大な知の海の中で遭難しそうになったり、
なにがオリジナリティある研究なのかわからなくなったり、
どう進めればよいのかわからなくなります。

道なき道を行きますし、だれかに答えを教えて欲しいと思っても、研究の世界に、「答え」はありません。
自分で問題や問いをつくって、自分でその答えを導き出すしかないのです。

次第に、
自分は研究者に向いていないのではないか、
もっと違う仕事の方がよいのではないか、
優秀な人がいっぱいいる中で自分なんかたいしたことがない、
博士号がすべてではない、
と思うようになってきます。

自分も何度もそう思いました。
くじけそうになりますし、他の道がよさそうに見えるのですね。

博士号がすべてではない。
そう思うようになります。

お金がすべてではない、というのと同じようなマインドですね。

さて、
それでもあきらめずに継続していると、次第に道が開かれてきます。

博士号取得のマインドの最終段階は、
「博士号をとらなければならない」
「博士号はとるものである」
「博士号をとる」
「博士号を取得しておく」
という状態になるといいます。

期待や願望ではなく、なんというか、ただの仕事、みたいになるのですね。

博士号を過大評価するのでもなく、
過小評価するのでもなく、
ただするもの、として捉えることができるようになります。

自分はただやるだけ、
通過点にすぎない、
淡々とそこに向かってやるだけ。

諦めでもなく、熱を失っているのでもなく、
”自分はあたり前にそれを取得する”
という境地へと向かっていきます。

他の夢や目標でも、似たようなことが起こるのではないかと思います。

最初は、

夢や希望や願望や期待にあふれていて、
その世界をすごいとか、
自分にできるかなとか、
やりたいなぁ、
できたらいいなぁ、

と漠然と思っている状態だと思います。

そして、その道を歩むと、
これがすべてではない、
自分には向いていない、
他の道の方がよい、
自分がほしかったんはこれではない、
と思いたくなる状態がきます。

そしてその先には、
適切にその対象を捉えて、
自分がそれをただ手にする、
自分がそれを成し遂げるのはあたりまえだ、
自分はそれにふさわしい、
というマインドにたどり着くのではないでしょうか。

この新年、
夢を描いたばかりの人も、
夢の途中の人も、
それを手にする最終段階の人も、
ちゃんと必要な道の途中にいるのかもしれません。

なんだかんだ、自分も博士号取得に時間がかかっていますが、ようやくマインドが整ったなぁ、と思います。
3年以内に、しっかり取得しておきます。

<まとめ>
■夢を追いかけたとき、最初は希望や期待にあふれている。曖昧な願望もたくさんある。
■その道を歩む途中で、あきらめたくなることがたくさんある。自分がほしかったものはこれではない、と思うこともある。
■夢を現実にする最終段階では、自分はそれを手にして当然だ、ただやるだけ、という境地になる。

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