旅人と世間師と遊び

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昨日は創造的な遊びの重要性とリクリエーションについてお伝えしました。

長期的な視点を得るには、
遊びやリクリエーションをしたり、
人と会ったらいいですよ、と。

それがインスピレーションをもたらしますよ、と。

宮本常一の『忘れられた日本人』は名著ですが、

その中に世間師というのが出てきます。

 ”日本の村々をあるいて見ると、
 意外なほどその若い時代に、
 奔放な旅をした経験をもった者が多い。
 村人たちはあれは世間師だといっている。”

この世間師が面白いんです。

若い時に、フラフラと、興味のおもむくままに、
いろんなところを旅し、
仕事をしながら渡り歩いていきます。
次のところ、次のところへ行きます。

閉鎖的な地方の村にあって、

都会の情報をもたらしてくるのが、

こうした世間師でもあり、旅人でもあり、遊び人でもありました。

他のところではこうなっているよ、と。

旅の語源は諸説あるのですが、

その一つに、他火(たび)というのがあります。

他の集落の火を見にいくこと、他の家のご飯を求めにいくことがあります。

観光の語源も、

中国の『易経』の「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」という一節にあり、

「国の威光を観察する」

ということにありました。

光を観にいくこと(観光)、

他の火を見にいくこと(旅)。


外の世界にどんどん行き、

そこで見識を深める人がいました。

様々なところを渡り歩きながら、

いろんな知識を得て、

遊んでいるようでもあり、ふらふらしているようでもありながら、

地域や地方の村に貴重な情報をもたらしていたのでした。


そんな人が村を支えていたのです。


ふらふらとどこかに出かけていってしょうがないなぁ、

と思う人もいるでしょうが、

情報をもたらす貴重な存在でもあります。


旅するように仕事をしたいと、

僕なんかは思います。

おもしろい未知なるフィールドがいくらでもありますから。


<まとめ>

■昔の村には、若い頃に奔放な旅をしていた世間師がいた。
日本の地域を世間師が支えていた。

■旅の語源の一つには、他火(たび)というのがある。
他の火を見るということである。
観光の語源は、光を観るということでもある。

■若い時に、外に出て、旅したり、遊んだりして、
見識を深めていくというのがよい。
まだまだ知らない世界が地球にはあるのだから。

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